「恩讐の彼方に」は了海(禅海和尚)をモデルとした短編小説。
市九郎(のちの了海)は主人である中川三郎兵衛を殺してしまい、かねてから通じていた主人の愛妾(あいしょう)であるお弓とともに逃げ、悪事を重ねて生計を立てていくようになる。この際中川家は家事不取締として、家は取り潰される。
ある日、追剥を続けるお弓に恐れを抱いた市九郎はお弓のもとを去り、美濃の浄願寺で己の罪をすべて懺悔した後に出家し、名前を了海と改め仏道修行に励みはじめる。そして、自分の道心が定まってもう動かないのを自覚すると、師の許しを得て諸人救済をするための旅に出る。自分の犯した罪を償いたいと思っていた了海は、毎年多くの人が足を滑らせ落下し死んでしまうという絶壁へと辿りつき、絶壁をくりぬいて道を通じることで人の命を救うことを決心する。里人に協力を仰ぐが全く相手にされず、了海は単独で工事に取り掛かる。
了海が槌を振り続けて18年目、二分の一まで穴は掘り進められた。里人も本気で協力をし始める。19年目、かつて殺めた主の息子の実之助が父の仇の市九郎を訪ねてくる。了海は斬られることを望むが、石工たちは工事が完成するまでは、と了海と実之助を押しとどめる。やがて、了海が槌を振い続ける姿に胸を打たれた実之助は、工事に参加していく。21年目、ついに貫通し、約束通り自分を討てという了海に実之助は仇討の心を捨て、二人で感激の涙を流す。
授業で習った作家だったが、作品は読んだこともなく、代表作も知らなかった。どんなに悪事を重ねても、死をもって償うことだけが償いではない、と思い知らされた。読みやすいので読書が苦手な人にも向いているのでは、と思う。また、場面も大分県とわりと近くなので親近感を持って読むことができた。一度青の洞門を訪ねてみたいと思う。この「恩讐の彼方に」を知っているか否かでそこを訪れる喜びもまた、違うのではないかと思うとワクワクする。