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2011年度 「互いに重荷を担いなさい」(ガラテヤ6:2)について
2011年度の年間聖句としてガラテヤ信徒への手紙の中から「互いに重荷を担いなさい」という言葉を選びました。2009年度、2010年度はご存知のようにローマ信徒への手紙から「忍耐、練達、希望」を二年続きで年間聖句としました。それは、わたしたちを取り巻く状況の厳しさを自覚するとともにその状況の中で右往左往するのではなく、工夫して応えるための練達を遂げ、さらにそれを希望に結び付けていくという願いを込めたものでした。
私たちを取り巻く状況は今年度になっても相変わらず厳しいものであることに変わりありません。したがって、過去二年間の年間聖句は今年度もなお生きているものと考えています。しかし、忍耐が練達を生むという場合、それは何によってなのか。このことに思いを至したいと考えました。昨年の年間聖句所感で次のように述べています。「125年の歴史を更に発展させるべき時に立ち会った私たちは、その歴史の原点に立ち返ってみたいと思います。原点がしっかり見えてきたその視点を、未来に向けていきましょう。安易な楽観や無意味な絶望ではなく、女学院が長い歴史の中で果たしてきた役割への確信と自信を土台に、福岡女学院の構成員全員が祈りを一つにあわせて託された教育の責任を果たしていきたいものだと願っています」と。
希望を生み出すための練達は、構成員一人一人の努力によることは言うまでもありませんが、同時にその努力と願いとを共有することが求められるのではないでしょうか。どんなに良い理想や考え方であっても、それが独りよがりのものである場合には共感を得ることが出来ず、かえって混乱をもたらしたり徒な争いの元にもなりかねません。そのようなことにならないように、私たちは互いに相手の思いに対して寛容な心でそれを良く聞いて判断する姿勢が求められているのだと思います。そのような姿勢をガラテヤ信徒への手紙の中から「互いに重荷を担う」という言葉で表現してみました。
パウロの代表的な手紙の一つであるガラテヤ信徒への手紙は、ユダヤ的な律法主義への批判とキリストの福音による自由を中心にその内容が形成されています。私たちに与えられている根本的な自由をどんな状況の中でも大切にしたいと願います。そして、その自由の内容は「互いに重荷を担い合う」寛容な心から実質化されていくものであることを覚えたいと思います。自分にこだわり続けるというのは自由の表れではなく、独善的な律法主義の結果である場合が多くあります。「重荷」は、原語では「他者の欠点、失敗」をも意味します。それぞれが自らの足りない点をも自覚しつつ、互いに補い合って生きていく道を求めましょう。パウロは、この句に続いて人間の自己吟味を勧める言葉を残しています。そのようにしてそれぞれが練達の士としてともに歩む道を見出していくのだろうと思います。そのことは結果として希望をも共有できるような状況を生み出していくのです。
私たちの教育現場にある様々な重荷を、共通の課題として担いつつ、みんなで練達を遂げ、希望をも持続しつつ今年度の福岡女学院の歩みを力強く始めてまいりましょう。



























