奇先生はこんな本を書いています

 奇恵英(キヘヨン)先生は、2002年に 「きっとだいじょうぶ -サラと歩いた日々-」という本を書き、西日本新聞社より出版しました。 奇准教授の人生に宝を運んでくれた姪のサラちゃん、交通事故で重度の障害を背負ったその姪とともに歩んだ15年の記録を綴ったものです。 氏が臨床心理士を目指すようになった切っ掛けや、多くの人や動作法との出会いについて書かれています。 障害児を持つ人や身近で接する人、これから臨床を志す人にとって参考になる内容が盛られています。

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  (きっとだいじょうぶ-サラと歩いた日々- 表紙)

[本の前書きより]

 人は当たり前のように毎日を過ごしているけれど、その一寸先は誰にも分かりません。一人でその不安を抱えるのはとても大変なことだから、人はできるだけ他の人たちと同じ道を歩み、少しでも先を保障してくれる安定を求めたがります。 しかし、一寸先が分からないからこそ、そこには思いがけない宝が眠っているのかも知れないのです。  私の人生に宝を運んでくれたのは、「サラ」です。サラは私の姪で、今十五歳。笑顔も、かわいらしさも、この年頃の生き生きしたパワーも、他の十五歳の女の子たちと何ら変わりありません。 ただ一つ違うところといえば、重度重複の障害をもっていることです。 十五年間サラとともに歩む中で、サラは私にたくさんの宝を与えてくれました。 遠くまで歩けず、言葉も話せないサラは、人生の中で宝はどこかへ探しに行くものではないことを私に気づかせてくれました。サラの笑顔は私に、人生の宝は世界を、自分自身を愛しく見つめられる自分の心であることを教えてくれました。 それに、サラは、次から次へと新たな出会いに私を導いてくれました。 人と人との出会いというものはいのちをもっていて、新たな出会いを生み出します。 ですから、一つの出会いを大切に育むと、必ず新たな出会いが生まれるのです。 その連続の中で人は自分自身を育み、また他の人を育むようになることをサラから学びました。 これはサラと、サラによって育まれた私自身の成長記録です。 

HP担当者 | 先生は、こんなことも | 15:47

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