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人文学部 言語芸術学科 言語芸術学科 Today

2013年02月05日

「百読百鑑」レビュー 『銀の匙』中勘助 by 乙部

 

中氏自身の少年時代を舞台に、自伝風に綴られた作品。夏目漱石も賞賛した中氏の代表作である。

作品は前篇と後篇にわかれ、前篇には幼少期が、後篇には中学進学後の話が綴られている。身の回りの世話をしながらたくさんの愛情を注いでくれた伯母、同年代の異性達とのたわいもないやりとりなど、病弱で引っ込み思案だった少年「私」が様々な体験・経験を通して成長していく様子が描かれている。

 

文章の中にしばしば子どもらしい素直な表現がある。子どもの視点ならではの純粋な心情描写や写実的な擬音語などにも注目して読むとおもしろい。また、情景描写の表現が繊細で、美しい。秀逸な文章表現に想像力を掻き立てられる。中氏が綴る文章を読みながら、不思議と自分の子供時代に戻ってきたかのような懐かしさに浸ることができる。この作品を読み終えたあとには、言葉では言い表し難い静かで柔らかな感動を覚えた。

 

しかしこの作品は、決して「大人から見た子供の世界を描いた作品」というようには表せない。それは大人が子供の視点で書いた作品と呼ぶにはあまりにもリアルで、まるで子どもが体験したことをそのまま文章化したかのような中氏の巧みな文章表現が、読者を惹きつけるからである。漱石は、この作品で中氏を「子どもの体験を子どもの体験としてこれほど如実に描きうる人は、実際ほかに見たことがない」と絶賛した。

 

そんな中氏が描く「子どもから見た子どもの世界観」をじっくり堪能したあとは、朗読などの表現活動に活用することも是非お勧めしたい。私自身もこの作品を読み終えたあと朗読に取り組み、作品に対する関心・理解を深めた。主人公「私」の心情の読み取り、情景描写の想像、主人公を取り巻く登場人物の性格分析や台詞の真意など、朗読をするにあたって改めて様々な角度から作品を見つめ直す。そうすると、最初に読んだ時とは異なる「銀の匙」の新たな一面が見えてくる。

 

この作品を通して日本語の美しさ、秀逸な文章表現から生み出される世界観・無限の可能性を体感していただきたい。この作品を読むと、日本語、日本文学を更に好きになれる。