« 2009年05月 | メイン | 2009年07月 »

2009年06月 アーカイブ

2009年06月06日

学科サークル「Mission 観光研究会」のバスハイク

大学の休みを利用して、私たち「Mission観光研究会」は一日で由布院温泉、九重夢大吊橋、黒川温泉を巡る西鉄旅行バスハイクに参加しました。 

集合は天神になんと7時。朝は4時起きという過酷なスタートでした。しかし、日銀前でバスを待っていると同じバスハイク参加者だと思われる方に軽く挨拶をしていただき、幸先のよいスタートをすることができました。

由布院散策

まず始めに訪れたのは大分県にある由布院です。朝の9時をまわっていたのにも関わらず、バスから降りるととても肌寒く感じました。添乗員さんがおっしゃっていたように、由布院は全体的にのんびりしているらしく着いたときにはまだ開いているお店が少なかったです。限られた時間でできるだけたくさんのお店を回りたかったので、私たちは食べ歩きながら由布院を満喫することにしました。

夢の大吊橋

次に、九重にある夢の大吊橋に行きました。大吊橋では予想以上に観光客がたくさん来ていて、入り口付近からずらりと車が並んでいるのを見ると人気の観光地だということがうかがえました。大吊橋は手すりに捕まっていないと倒れてしまうくらい大きく揺れていて、高さもあったのでスリリングな体験ができました。片道を渡りきってもと着た道を行こうとしたら天候がだんだん悪くなり、橋を渡っている途中で雨が降ってくるというハプニングも起きましたが、旅にはこういうことも付き物だと感じました。

MTRのバス旅行

なんとか渡りきりバスまで急いで戻った後、次に向かった場所は黒川温泉でした。黒川に着くと少し雨もおさまりゆっくり散策することができました。まず私たちが向かった場所は黒川の温泉発祥地でもある新明館という旅館でした。新明館は普通の温泉とは違って、洞窟を掘ってできた温泉です。なので、洞窟の中で温泉につかっている状態です。お湯は洞窟の場所によって温度が違い奥に進むほどぬるくなり、入り口に戻ってくると熱々のお湯でした。それから町を散策して地蔵プリンやチョコサイダーなどの珍しいものをお土産として買って帰りました。

回るとこも回って帰る頃には行きより少し混んでいて福岡に着く時間が遅れてしまったけれど、個人で行くよりはとてもスムーズに観光することができるのだということがこのバスハイクを通して実感することができた一日でした。(古賀さん)

2009年06月14日

日野資成教授のアメリカ留学レポート Part13

今回は、アメリカのレストランとカフェを紹介します。

マーケットなどで買う果物や野菜、肉や魚は日本の約二分の一の値段ですが、レストランなどで調理されると日本の二倍の値段に跳ね上がります。アメリカではチップが必要で、しかもカリフォルニアは税金が8.7%もかかるからです。そういうわけで、外食はあまりできませんでした。


写真1



アメリカの食べ物といえば、何といってもステーキ。ステーキが食べたかったらシズラー(Sizzler)が一番(写真1はメニューです)。サラダバー付きでチップ込み1人20ドルでおつりが来ます。アメリカのステーキはワイルドでボリューム満点。食べ応えがあります。わらじのように大きいRib Eye Steak(14.99ドル)がお勧め(写真2)。サラダバーも充実していて、メキシカンブレッドもあり、食べ過ぎるとメインディッシュが食べられなくなりますよ。


写真2


写真3



コーヒーといえば、スターバックス。日本でも、もう定着しています。しかし、私的にはピーツカフェ(Peet's Coffee & Tea)がお勧めです(写真3はピーツのロゴ入りタンブラーです)。スタバは大衆的、一方ピーツは高級感があり、客層も上流階級が多いです。スタバよりも値段はやや高めですが、ピーツでは一人ひとり時間をかけてじっくり丁寧にサーブしてくれます。私はコーヒーがだめですが、キャラメルマキアートがおいしいそうです。コーヒーがだめな私も紅茶は大好きで、ピーツの焙煎紅茶は自信を持ってお勧めできます。ピーツカフェはカリフォルニアが発祥の地ですが、今はニューヨークにも進出し、アメリカでもポピュラーになりつつあります。日本に上陸する日も近いでしょう。

今度みんなでお茶しましょう。おちゃけ(お酒)ではありませんよ。私はお酒も飲めません。

2009年06月17日

池田肇子教授(学科長)

2009年4月から難波征男教授より学科長職を引き継ぎました。この度は、人文学部再編を経て後、国語教職に特化する学科に在籍しながら英語を用いた諸科目を担当している者として、現代文化学科の特性を改めて熟考する機会となりました。

そこで、来年20周年を迎える人文学部にあって創設以来教育と研究に曲がりなりにも携わってきた教員としての、つらつらと蘇る感懐をまとめることから始めたいと思います。

1990年人文学部(所属は、英米文化学科でした)は、福岡県小郡市の田園のなかに忽然と建つ赤レンガ色の洋風校舎――まさしく「緑の丘の赤い屋根、とんがり帽子の時計台~♪」と歌われる情景で、それだけでも憧れの異文化を体現していたと思う――を舞台に、初代学長岩橋文吉先生のお言葉を拝借すれば、「文化の砦」から始まりました。当時の教職員は、それこそ出身はあちこちからの、私自身は砦に相応しかったがどうかは分からないけれど、それぞれ気概に満ち溢れて最初の夏は確か扇風機しかなかった研究室でも耐え忍んでいたものです。そして、アメリカ在住20年のチャプレンの指揮のもとで行なわれた様々なキリスト教関連行事が地元の方々を魅了して、チャペルが満員になる大盛況となり、また、小郡、福岡両市の公共施設での公開講演会が息もできないくらい聴衆で一杯になった日々が懐かしく思い出されます。

とまれ、生き残った私たちがこれからの女学院大学――特にわが所属する現代文化学科――に託すことはなになのか? しばし考えてみました。

卑近な例で恐縮ですが、小学高学年時に『小公女』や『赤毛のアン』などに出会った世代の一人としては、これら翻訳物語が描き出す情景が夢見る世界でした。当時の日本の少女ファッションは、中原淳一が主宰する『ジュニアそれいゆ』――最近、復刻版の出版が相次いでいる由――に掲載された手作りドレスに代表される、エレガント・カワイイものでした。私見では、これこそ前述の物語の少女たちも身に着けたであろうファッションの20世紀バージョンです。そこに感じられたのは、お行儀のよい――世の中のしきたりをきちんとわきまえた――、つつましいながらどこか自己主張している――自分の好きなことに他人の干渉は要らない――可愛い女の子でした。その後、受験期をひたすら乗り越え、共学の学校・大学・大学院と進んだ私は、実は、彼女たちのことはすっかり忘れてしまっていました。しかも、時代錯誤と謗られるのを覚悟であえて言うと、女だてらに、ユダヤ系男性作家なんかにのめり込んで、人生とは、人間とは、という頭が真っ白になりそうなテーマを追っていたのです。しかし、そのうち世の中はフェミニズムを口にする時代と変化し、人間である=女であるという、テーマも考慮することに、、、、。そして、行き着いた――いや、戻った――先にあったのが、かつての憧れの的であった少女物語であったというわけです。言わば、文学的還暦(変遷の回帰)です。

さて、かく言う私の(カラ)元気もあと残すところ何年もつか、という段階にきました。そこで、遺言めいて伝えておきたいことを、ここに記しておくのも一考かと思います。

そもそも、大学という組織の概念は、日本古来の伝統にはなく、西洋伝来のものでした。従って、教養教育、自由学芸(リベラルエデュケーション)のモデルは身近にはなかったのです。しかしながら、福岡女学院の場合は、幸いにも米国ミッショナリーの女性宣教師自らがその礎を築いた女子英語学校でしたから、モデルというよりも元祖に近い、と考えてよいのではないでしょうか。因みに、出版後100年を経た今でも愛読される『赤毛のアン』の訳者村岡花子女史は、東洋英和女学校のカナダ人宣教師によってこの原作を紹介されています。このような場合、私たちは、女子教育のパイオニアとしての意気地とスピリットを発信して行かねばならないでしょう。元祖であることの苦悩ももちろん承知の上で、この重圧にひるまず明朗闊達に進んで行きたいものです。

現代文化学科は、観光文化、交流文化、日本文化(国語教職)の三分野で構成されています。現在のところ入学志望者は観光分野に殺到している観がありますが、まずは三分野に均等に配分した諸科目をバランスよく履修して、これまでの受験勉強とは一味違った、多様な関心をもち、広く人間や社会を知ろうとする機会にしてください。学科では各種の準備講座、体験実習、インターンシップなどを設けて学生の便宜を図っていますが、それだけなら少し分かった風な就活学生になり兼ねません。企業が求めている女子学生像は、恐らく私たちが理想とする教育理念と合致したものでしょう。私たちは、しなやかな思考力を持ち、情操豊かな感性を自ら高め、いかなる時にも自主的に対応する能力を身に着けている学生を教育したいと願っています。

そして、私が現代文化学科を目指す方々に送りたいエールとは、学問という憧れの世界を追いつつ希望を持って、長い人生の指針となり得る自分自身の哲学を見つけなさい、というものです。

2009年06月26日

岡垣プロジェクト 2009年度第1回合同会議

会議模様1

第一回合同会議が6月8日(月)岡垣町役場で行われました。

観光協会より会長・副会長、岡垣町より地域づくり課課長・係長が参加され、本学の代表者5名を交え、意見を交換しました。言いたいことを伝える絶好の機会でしたので、決意して望みましたが、少々緊張気味、いつもの調子がでないまま30分ほど経過してからようやくいつもの調子に。町民に活動がまだ伝わっていないのが問題だという言う意見や、11月という時期は物産が少なく有効にPR出来ない、などという事があがってきました。なぜ、いまその問題があがってくるのか、情報が伝わっていないのではないか、という不安が横切りましたが、全面協力して成功させようという事は確認できましたので、これから詳細を詰めていきます。絶対成功させるぞ・・・・お~!

本学プロジェクト代表者の二人

会議模様2

About 2009年06月

2009年06月にブログ「福岡女学院大学人文学部現代文化学科」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2009年05月です。

次のアーカイブは2009年07月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35